男は一冊の絵本に目をつけた。
別に光っていたとか、
声が聞こえたとかそんなのはない。
ただ、
子どもの頃によく読んでもらった絵本だったのだ。
家族でキャンプに行き、はぐれてしまう。
冒険の果てに家族と再開する内容だったはずだ。
冒険にあこがれて何度も読んでとせがんだ。
ぼんやりと思い出しながら絵本をめくる。
おっ?ラクガキがある。
家族が乗った車が赤いクレヨンにかこわれて
隣に一言
『みんなと一緒』
ずきりと心がうずいた。
家族で出かけるなどいつぶりだろうか……
家族のためと言い聞かせながら、
仕事や自己啓発にばかり時間をかけていた。
明日も、仕事にいかなければならない。
週末はみんなでどこかに行こう。
そう思いながら店主に絵本をさしだす。
老齢の店主は受け取りながら言った。
「お客さん、
ここはちょっと変わっているんだ。
お金で支払うのではなく、
本を交換するんだよ。
その本にはなにか足跡を残さなきゃいけない。
ちょうどこんな風にね」
店主は先ほどのページをめくりながら
いたずらっぽく言った。
はて、どうしようか。
ちょうどいい読み終わったビジネス書がある。
でも『足跡』を残せとな。
……。
ちょうどいいところがある。
ページをパラパラめくる。
『あなたの大切なものは?』
そこに一言
『家族』
本に何かを書くのは初めてだった。
店主は満足そうに本を受け取る。
代わりに紙の袋に入れられた絵本を受け取る。
男は店を出て立ち止まる。
袋から絵本をとりだし、
胸ポケットからボールペンをとりだす。
『今度、みんなで出かけよう』
ゆっくりと書き込んだ。