頑張るフリをやめた先にあるもの。フィールサイクルと日常から見つけた「楽しむ」という最強の最適解
■ 「頑張ってましたね」という言葉への、小さな違和感
朝の静けさの中、心身を整える朝活の一環として、今日はフィールサイクルのレッスンを2本連続で受講してきました。
1本目は比較的強度の緩やかな「BB1」。次に控える2本目を見据えて、あえてトルク(負荷)は強めず、体を温めるアップとして純粋にリズムに乗ることを楽しみました。そして迎えた2本目は「BB2 2010s」。2000年代から2010年代の楽曲は、まさに私の人格形成期のメインにあたる時期の音楽です。耳馴染みのある大好きなリズムに身を委ねていると、1本目で仕上がっていた体から一気に汗が噴き出し、深い集中状態へと入っていくのを感じました。
レッスン後、入り口でインストラクターの方から「すごく頑張ってましたね!」と明るく声をかけていただきました。「はい!」と笑顔で応えたものの、その後シャワーを浴びている最中、ふと心の中に小さな違和感が浮かび上がってきたのです。
「自分は今日、果たして『頑張って』いたのだろうか?」と。
思えば、私は小学校から大学までずっと部活を続けてきました。幸いにも環境に恵まれ、部活自体は心から楽しんで取り組んできましたが、単調な走り込みや厳しい基礎トレーニングの場面では、どうしても「頑張るフリ」をするスキルが磨かれていきました。苦しそうな表情を作り、いかにも必死に動いているように見せる技術です。
その「頑張るフリ」の経験値が高いからこそ、はたから見ると人一倍努力しているように見えたのかもしれません。しかし、今日バイクの上でペダルを回していた私の本音は、苦しさに耐えて「頑張って」いたわけではなく、ただひたすらに「楽しんで」いたのです。
■ 「いかに楽をするか」を追求した先に訪れた、カチッとはまる瞬間
この日、もう一つ非常に面白い身体的な気づきがありました。
それは「ポジション3」での、タップ&プッシュアップ(腕立て伏せ)の動作中のことです。最初は足の回転と上半身の動きがうまく噛み合わず、なんだかガタガタとしていて連動性のなさを感じていました。
ここで私は、「もっと頑張って動かそう」とはしませんでした。無意識のうちに「どうすればもっと楽に動けるだろうか」と、身体の動かし方をあれこれと試行錯誤し始めたのです。無駄な力みを抜き、効率を求めてポジションを微調整する。
するとある瞬間、足の動き、腰を後ろに引く動作、そしてプッシュアップが、滑らかに一連の流れとして繋がるタイミングが訪れました。それはまるで、歯車とピストンが完璧に連動して動く「ピストン運動の機関」に、自分自身の身体がカチッと組み込まれたかのような感覚でした。
「頑張り」で乗り切ろうとするのではなく、「いかに楽をするか」を追求した結果、もっとも無駄のない美しいフォームに行き着き、それが信じられないほどの楽しさと没入感を生み出したのです。激しいローリングでバイクの前に並べていた2枚のタオルが後ろにズレてしまうほど足を回し、下着まで絞れるほどの大量の汗をかいていましたが、そこにあったのは疲労感よりも圧倒的な爽快感でした。
■ 高次元の結果に収束するのは、常に「楽しんでいる」状態
シャワーのお湯を浴びながら、私の思考はさらに広がっていきました。
ただ歯を食いしばって「頑張る」よりも、工夫をして「楽しんでいる」状態の方が、結果として高い次元に到達できるのではないか。
漫画『終末のワルキューレ』でポセイドンに勝った佐々木小次郎も、『新テニスの王子様』で真田幸村に立ち向かう越前リョーマも、あるいは『ドラゴンボール』の「身勝手の極意」も。彼らは皆、極限の状況下で悲壮感を漂わせるのではなく、相手との戦いや自分の限界を超えることを「楽しむ」境地に至っています。
もちろん、現実の仕事においてこれをそのまま当てはめるのは難しい部分もあります。ビジネスの世界ではプロセスだけでなく、どうしてもシビアな「結果」が求められるからです。しかし、世界的に活躍するトッププレーヤーたちを観察していると、彼らは圧倒的なプレッシャーの中でも、多かれ少なかれ自分の仕事の中に「面白さ」や「楽しさ」を見出し、夢中になっているように見えます。
「頑張らなきゃ」という思い込みを手放し、どうすればもっと楽に、効率的に、そして面白くできるかを探求すること。それこそが、最強の最適解なのかもしれません。
■ 異なるベクトルを持つ、もう一つの「没入」
一方で、この「自己研鑽や効率化の果てにある没入感」とは全く違う種類の、愛おしい「楽しさ」も日常には存在します。
それは最近、家族で囲むボードゲームの時間です。
これまでは幼い娘に対して、ある程度手加減をしながら「接待」のように遊んでいました。しかし彼女が成長し、今ではすっかり対等なプレイヤーとして、私も本気で盤面に向き合えるようになりました。その時、私は間違いなくゲームに没入していますが、それは何かを突き詰めるような鋭い没入感ではありません。
空間全体を包み込む穏やかな空気感を含め、家族で過ごすその時間を丸ごと大切に味わうような、温かい没入感です。
限界に向き合う楽しさも、愛する人たちとの時間を慈しむ楽しさも、どちらも私の人生を豊かにしてくれるかけがえのないものです。
■ 「頑張らなきゃ」と焦っている人へ
私たちは日々、無意識のうちに「もっと頑張らなければ」と自分を追い詰めてしまいがちです。社会もまた、分かりやすい苦労や我慢を評価する傾向があります。
ですが、もし今あなたが「頑張ること」に息苦しさを感じているなら、一度肩の力を抜いてみませんか。「どうすればもっと楽にできるか」と知恵を絞ることは、決して逃げではありません。それは、歯車がカチッとはまる「最適解」を見つけるための、立派なアプローチです。
頑張るフリをやめて、自分なりの「楽しさ」を見つけたとき。
気づけば過去最高に汗をかきながら、見たこともない高みへとたどり着いている自分がいるはずです。
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